僕が日本代表になれなかった理由。
それはそれに見合った
結果が出せなかったからです。。。
といってしまえば
当たり前だし簡単ですが
もっと掘り下げていこうと思います。
現実を見つめて後悔を込めた真実を
書かなければ意味がないと思います。
なので今回の話は
少し長くなりますが
価値ある文章は普通長いはずだと思って
是非最後まで観てみてください。笑
今回の話は特に10代の人で
これからプロサッカー選手として
世界のトップを目指す人には
知っておいてもらいたい大事なこと。
それだけでなく
僕のように30過ぎで
ただプロになりたいと思っていた志の低い人も
今知っても絶対損はない話だと思います。
そして
この話は僕が
日本代表選手になれなかった理由であり
一億円プレーヤーになれていない理由であり
ラ・リーガでプレーする超一流になれていない理由です。
・・・
まず僕が
日本代表になれなかった理由に入る前に
”後悔先に立たず”という言葉があります。
終わったことを後悔しても
変えられない。という意味です。
だから
起きたことは忘れて
次の新しい目標に向かって進んでいこう。
・・・『ということでは決して未来は変えられない』
と僕は思っています。
「切り替えが肝心」と
これもサッカー界ではよく耳にする言葉です。
でも、たとえ次の試合が
すぐにあったとしても
死ぬほど後悔しないと
人は変われないし結果も変えられない。
『自分は間違っていたんだ』
『なんであのミスをしたのか』
と受け入れたくない真実に
目を向けるという嫌な作業を通過しなければ
ポジティブシンキングも
未来志向も目標設定もあまり効果がないし、
どうしたら次うまくいくかも見えてきません。
臭いものには蓋をせず
『もうこんな臭い思いをしたくない』と
本気で思わなければ
『自分のせいじゃない。』
『たまたま。運がなかった。』
『自分には才能がなかった。』
と片付けてしまって何も変われません。
だから僕たちが結果を変え
人生を変えるには
後悔することが大事なのです。
とはいえ本当は後悔なんてしたくないのだけど
なぜか周期的に後悔するべき事柄が起きてしまいます。
(自分で起こしているのだけど^^;)
だから今回
10年目を終えてそこまでの成功を
収められなかった選手としてのあり方を
後悔して自分と人生を変えていこうと思います。
もっと早く気づけばいいのですが
まだまだ修行が必要なようです。
・・・
でもそもそもなんで
後悔という感情が出てくるのでしょうか。
僕が思うに
悔しいという感情は
『本当はもっとうまくできたはず』
『あの時こうしていれば今はこうなっていたはず』
と考えることができる機会を
与えてくれているということです。
つまり
『自分はもっとよくなれる』と
深いところでわかっている。ということです。
その自分を信じる気持ちは
夢を実現していく鍵です。
だからもっと良くなるためにも
納得いかない現状を作り上げたのは
間違いなく過去の自分であり
”過去の自分の考え方”や
”何かを選択するための思考回路が間違っていた”
ということを認めることで
これからの未来も変えていけるのです。
『運がなかった』という場合でも
『たまたまそうなった』という場合でも
そのほとんどは
自分自身の考えや
そこから出てくる行動によって
引き起こされることがほとんどです。
『能力や才能がなかった』のではなく
自分がアイディアを出せなかった。ということです。
だから
もし現状が納得できないのだとしたら
過去の失敗を後悔して
何が悪いかに気づいて
改善していかなければ
同じような問題を繰り返し
一生成功はできないということです。
何が言いたいかというと
僕は今、後悔しているということ。笑
だから臭いもの、見たくない
自分の過去に目を向けて
自分の間違いを正していくことで
新しい夢や理想のライフスタイルに
進んでいくことにしました。
ダサい自分をシェアするので
是非お役に立てたらと思います。
【カンプノウで感じた後悔】
〜20年で開いたイニエスタとの大きな差〜
僕はプロ10年目を終えた2017年末
世界一のサッカーを知りたくて
バルセロナに行きました。
そこで悔しい思いをしました。
『なぜあの時こうしなかったんだろう』そう思いました。
まさに後悔です。
僕が何を後悔したか。
それは
『なぜ世界一を目指さなかったんだろう。』ということ。
そしてそれこそが
僕が日本代表になれずに
億円プレーヤーになっていない
ラ・リーガでプレーする選手になっていない理由です。
『お前は何様だ。』と思うかもしれませんが
辛抱してください。笑
僕は今回初めてバルセロナのスタジアム
カンプ・ノウに行きました。
約10万人収容する巨大なスタジアム。
世界中から集まるファンたち。
その中でプレーする選手。
同じプロサッカー選手といえど
次元の違いを感じました。
そこで思い出したのは20年前。
1999年ナイキプレミアカップU-15の世界大会が
バルセロナで行われました。
当時僕が所属していた
ヴェルディジュニアユースは
日本代表としてアジア予選を勝ち抜き
世界大会に出場しました。
僕はその時14歳でしたが
先輩やチームメイトが
世界の強豪と戦っている中で
メンバーに選ばれていなかったので
日本で居残り練習をしていました。
その当時の僕の夢は
もちろんJリーガーになることでした。
その後
大会から帰ってきたチームメイトから
話を聞くのは嫌でしたが
誰もが口を揃えて
「とにかくバルセロナFCのユースチームは別格だった」
と言っていました。
その時の
バルセロナのユースチームのキャプテンは
色白で小柄の4番をつけた選手だったらしく
チームメイトの誰もが
彼の姿を最初見たとき
『バルセロナ弱そう』
『こいつがキャプテンなら余裕だな』と
思ったそうです。
でも
試合にが始まり
彼の元にボールが渡ると
ボールをさわれないどころか
彼1人にゲームを支配され
まるで大人と子供の試合に
なってしまうそうです。
もちろん大会は
その色白で小柄な4番のキャプテンが率いた
バルセロナFCユースが世界チャンピオンに輝きました。
・・・それから約20年。
色白で小柄な4番の選手は
バルセロナFCのレジェンドとなり
今でも第一線で活躍しています。
そう。彼はイニエスタ。
20年前、僕と同世代でありながら
すでに天才として将来を有望されていた
イニエスタ。
確かにスタートが違う。
才能も違っていたのでしょう。
天と地ほどの差がついてしまったとしても
『もともと僕とは出来が違った』とも言えます。
だけど
僕とイニエスタがこの20年で
プロとしてここまで大きな差が開いた理由。
それは才能の多寡ではなく
描いた夢の大きさです。
せいぜい僕が14の時描いた夢はJリーガーになること。
日本代表も目指していなかったし
その当時世界で活躍していた中田英寿を
同じ日本人とはいえ
遠く別世界の人間だと思っていました。
でも
イニエスタはその当時から
世界のトップクラブ・バルセロナで活躍することを夢見て
10万人のお客さんの前でプレーする自分を思い描き
毎日ボールを蹴っていたのです。
『いやいや、それは住んでいる場所も違うし、
国も前提条件が全く違うから
そんな大きな夢なんて描けなかったのはしょうがないよ』
と言い訳する自分がいました。
『自分は日本人だから』
『自分にはもともとイニエスタほど才能もなければ
選ばれてもいなかったんだから、プロになれただけでも成功だ。』
と慰めたくなる自分がいました。
でも同時に
そんな自分を差し置いて
悔しいと感じる自分もいました。
『なぜあの時、20年前僕は世界を描けなかったのか』
『なぜあの時もっと本気になれなかったのか』
イニエスタ。
20年間世界のトップを見つめ続け
走り続けてきた彼は本当にすごいと思います。
世界のトップ。
それは今日明日ではたどり着けないものです。
しかも一時的にトップではなく
彼がプロになって10年以上も世界のトップに居続けるには
20年前からの準備と継続が必要なのです。
僕はもう世界のトップには立てない。
それは20年という歳月を使って
目指す場所が違ったからです。
バルセロナに行き敗北してきました。
完敗でした。
だから小さな成功にこだわるのをやめて
この後悔を次の10年20年に繋げていこう。
そう思いました。
限りなくバカに近い大きな夢ぐらいで
ちょうどいいんだと。とも思っています。
人生はまだ続きます。
だからどんな年齢であれまだ先があるなら
10年20年先を考えて
大きなことを考えてたほうがいいのです。
バルセロナで感じた後悔。
イニエスタが教えてくれた未来の可能性。
10年20年後を考えることの大事さ。
サッカーってやっぱり素晴らしい。
今日も最後まで観てくれて
ありがとうございました。