『学校では教えてくれない夢実現に必要な潜在能力を解放する最強のテクニック』

”もうこんな自分は嫌だ”

”なんとか人生を変えたい”

その想いが引き寄せた運命の出会い

南米・ブラジル2年目

 

自分のダサいところや

しょぼいところを

嫌というほど経験した南米の1年目が終わり

 

 

期待していたリネンセとの

来年の契約もなくなり

日本に帰国しました。

 

 

何もできなかったし

お金もない。

 

 

でも

”このままでは終われない”

”プロとしてブラジルで試合に出るんだ”

 

 

その想いが通じ

 

2012年からは

サンパウロ州の隣の

マットグロッソドスル州の

 

アギアネグラというチームで

プレーすることが決まりました。

2011年お世話になっていた

リネンセのチームキャプテンは

ブルーノでした。

彼はコンサドーレとFC東京で活躍した選手でした。

 

 

そして彼が

僕のことを想って

連絡を取ってくれていたのが

日本のガンバ大阪で活躍したシジクレイ

 

そして

彼はキャプテンとして

当時在籍していた”アギアネグラ”の

監督に掛け合ってくれました。

 

そして

 

監督も受け入れてくれて

契約に至りました。

 

 

ジョズエ、ブルーノ、シジクレイ

日本でプレーした日本を愛する3人が

 

日本人への恩返しでしてくれた

僕への親切を今でも感謝しています。

 

 

彼らが僕のサッカー人生と人生そのものを

変えるチャンスを与えてくれました。

 

そして

 

”怖くて一歩が踏み出せない自分”

”結果の出せない自分”

 

そんなダサい自分をやめる決意をし

再びブラジルへ向かいました。

 

 

最初の1ヶ月は家族を日本に残し

先にチームに合流しました。

 

去年までが嘘のように

契約も登録も全てうまくいきました。

 

 

でも

 

肝心の僕自身のプレーが

冴えませんでした。

 

 

日に日に近づく

リーグ戦開幕と試合出場の夢。

 

それが現実として近づくほど

緊張は高まり

 

 

”前向きに!ポジティブシンキング!”

”俺はできる!”

 

そう思えば思うほど

プレーの精度は下がっていきました。

 

ここに来て

何も変わらない自分を痛感しました。

 

 

 

衝撃の出会い

潜在意識とセルフイメージ

自分のプレーを大きく変えた”あるYouTubeの動画”

 

”家族もそろそろ合流する”

”いつまでもくすぶっていられない”

 

そんな焦りの中で

ネットで『成功・結果を出す』という

ワードで検索をしていると

 

YouTubeのある動画に

行き着きました。

 

 

”河本真”という男の人が話していたのは

 

”潜在意識を活用して夢を叶える方法”

”セルフイメージを一瞬で書き換える方法”

”お金の引き寄せの仕方”・・・

 

僕は『完全に怪しいやつだ・・・』と思いながらも

直感的に『これは大事だ』と感じ

だんだんその動画に惹かれていきました。

 

・なぜ人は努力してもでうまくいかないのか

・自分の能力を発揮できない理由

 

まるで自分のことを

言われているようでした。

 

 

試しにやってみたブレインダンプ 

プレーが変わっていくのを実感。

ブラジル最初の試合で衝撃のゴラッソ!

 

 

「ゴールを設定して

潜在意識を活用する方法をやっていけば

能力が解放されて自然とアイディアが出てくるので

気づいたらゴールは実現していきます」

と河本さんは言っていましが

 

 

『そんなことあるか?怪しいな〜』と

半信半疑に思いつつ

 

試しに彼が動画の中で話していた

『潜在意識を活用するワーク』

”ブレインダンプメソッド”

というものをしてみました。

 

 

それからしばらくは

ブレインダンプメソッドで

紙に書き出した

 

”自分がしたいこと”や

”実現したい夢や欲しいもの”を

毎日眺めて過ごしました。

 

『こんなんで何が変わるんだ?』と思いつつも

 

その紙を見ていると

 

『こんな人生だったらなぁ〜』

『これが手に入ったら嬉しいなぁ』

『試合でゴールを決めれる選手になったら最高だな』

『このチームで優勝したら最高だ』と

 

気分が良くなって

楽しくなっていくのを感じていました。

 

そうすると

不思議と普段の生活もいいことや

楽しいと思えることが増えていきました。

 

練習でもいいプレーが

できるようになっていきました。

 

 

そして

家族も合流し

 

1年かけてやっとここまでこれた

ブラジルプロリーグでのデビュー戦

 

 

その試合はアウェーだったので

前日はバス移動でした。

 

その日家を出るとき

まだ試合前日なのに

緊張が襲ってきました。

 

”この試合でダメだったら終わりだ”

”結果を出さなきゃ”と思いました。

 

パラグアイで

”影に隠れて踏み出せなかった自分”

思い出しました。

 

 

でもふっと

”あの紙”に書いたことを思い出し

 

 

今回の結果がどうであれ

未来の自分は

この踏み出した一歩を”よくやった”と

褒めてくれるはずだ

 

そう思うと

急に緊張が鎮まり『やってみよう』

と思えました。

 

 

デビュー戦当日

 

 

スタートはベンチでした。

 

前半が終わって

2−1で勝っていました。

 

僕がプレーする

ポジションの選手も好調で

 

タッチラインの外で

控えメンバーと一緒にアップしながら

 

『今日は出れないかもな〜』と思っていました。

 

 

するといきなり

 

『SHIMO!VAMOS!!(シモ!バモ!)』

 

と監督がこっちを見て

僕の名前を呼んでいました。

 

一気にドクドクっと

心臓が高鳴りました。

 

ガーッツとダッシュを数本繰り返し

その勢いのままベンチに走っていきました。

 

無意識で体が反応

振り抜いたシュート

ネットに突き刺さったゴラッソ

 

ユニフォームを着て

すね当てを入れ

交代の準備をしている間

 

監督は何か言っていたけど

何も頭に入りませんでした。

 

いつの間にかライン際に立って交代。

 

ピッチに入ると

思っていたような感動はなく

 

普通に試合に

入っていきました。

 

最初のタッチは

センターサークル付近で

パスを受けました。

 

サイドバックにパスをもどして

そこからひたすら

 

何も考えずただ

走っていました。

 

すると

 

僕めがけて裏に

ボールが出てきました。

 

でもそのパスは少し長くて

相手のDFに『取られるな〜』と思いました。

 

でもなぜか

ボールのバウンドが変わり

DFがコントロールできなくなったボールは

 

僕の前に

転がってきました。

 

ペナルティエリア手前。

少し距離があるところでした。

 

そして

 

僕は

シュートを打ちました。

 

それまでの感覚では

絶対に打たないところを

振り抜きました。

 

ボールはゴール右隅に

ゆっくりと吸い込まれていきました。

 

ネットに突き刺さった瞬間

内側から湧き上がるものをこらえきれず

叫びました。

 

すると

仲間が駆け寄ってきて

”VAMOS!!!SHIMO!!!”と叫んで

抱きしめてくれました。

【ブラジル初試合初ゴールシーン】

 

言葉では表現できない感覚でした。

 

ただ感謝の気持ちが溢れて

”Obrigado(ありがとう)”と僕は連呼していました。

 

客席で見ていた家族は熱狂し

涙を流していました。

 

監督は驚きとともに嬉しそうに

笑っていました。

 

体が勝手に動いた。

無意識に反応した。そんな感じでした。

『潜在意識って結構凄いかも・・・』そう思った僕は

 

それからも毎日

潜在意識のいろんなワークをして

過ごしていきました。

 

それから数日して

実に1年ぶりの給料が入ってきました。

 

ブラジルでの初給料は2000レアル。

 

当時のレートで10万円

日本のプロ時代の3分の1。

 

だけど

『プロとしてお金を稼ぐとはこういうことか』と

心から嬉しく思えたお金でした。

 

そして

その試合から

僕はスタメンで何試合か出場し

 

コンスタントに試合で

使ってもらえるようになりました。

 

リーグ期間3ヶ月という

あっという間の日程が進む中で

 

チームも順調に勝利を重ね

なんと数年ぶりとなる

リーグ優勝を果たしました。

 

『こんなこともあるのか』

潜在意識の凄さを実感

 

期待して帰国するも

突きつけられた現実とは・・・

 

僕は

『よくやった』

『それなりに結果を出し、自分は選手として変われた。

 

そう思いました。

 

マッドグロッソ・ド・スル州の

リーグは6月で終わりました。

 

それ以降の

半年間はリーグがないため

僕は一時帰国することになりました。

 

クラブからは来年の契約を約束され

 

来年ここに

戻ってくるまでの半年を

 

”日本のJリーグでプレーする”

再チャレンジすることにしました。

 

『自分は変われた。これからが自分のプロサッカー人生の本番だ』と

意気揚々と帰国した僕でした。

 

でも・・・

テストを受けたJクラブ

全て落ちました

 

”南米での経験で自分は変われた”

思っていたのとは違って

 

”選手としての需要がない”現実を

目の当たりにしました。

 

それはかなりショックでした。

 

それでも

 

『来年はブラジルで契約があるし

それまでの半年はバイトでもしてお金を貯めよう』と

思っていた矢先の8月。

 

チームの事情が変わり

来年の契約は白紙に・・・

 

ブラジルから急に連絡が入り

『チーム事情が変わったので

来年の契約が白紙になった』と知らせが入りました。

 

 

27歳1歳の娘がいて

借金持ちの無職

 

銀行口座残高は53円

 

ふと寄ったコンビニで

100円のおにぎりを買えない・・・

 

急に現実が目の前に現れた2013年8月でした

 

 

。。。続く

 

『南米・ブラジル2年目』(終)

 

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